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平成26年度『 奈良散策会 』実施される 
 春は奈良、秋は京都・・・すっかり恒例行事として定着しました近畿広島県人会との共催による『奈良・京都散策会』。 昨年につづいて、「関西に春の訪れを告げる行事」として、一般には「お水取り」として知られる東大寺・二
月堂の“修二会”の最終日の3月14日(金)、平成26年の『奈良散策会』を実施しました。  
 今回は、今から約1,300年前の奈良時代に日本の都が置かれた「平城京」の大内裏跡『平城宮跡』を中心と
した散策です。
 10時に近鉄・大和西大寺駅に集合ということでしたが、みなさん早く、中には9時過ぎには到着された方もあり
ました。 定刻前に全員が揃い、10時9分発の路線バスで、まず秋篠寺を訪ねました。 バスの車内は殆どが今
回の『散策会』参加者で、まるで貸しきり状態でした。
 「秋篠寺」は、苔生す森閑とした木立の中に静かに佇む、皇室と縁の深い古刹です。 まだ時間が早かったせい
か、拝観者は私たち一行の他は数名で、みなさん静かにゆっくりと国宝の本堂、そしてその中に安置されている
重要文化財のご本尊・薬師如来坐像やわが国では唯一の存在とされる伎芸天立像等を拝観されていました。
伎芸天立像は、右手を胸の辺りまで持ち上げて軽く印を結び、香に焼けたふっくらとした顔を少し右に傾けながら
伏し目がちに見下ろす「瞑想的な表情と身のこなし」は、まるで像の前に救いを求めて佇む衆生を優しく包み込む
ようで、「東洋のミューズ」(※「ミューズ」・・・ギリシャ神話の9人の「芸術」の女神たちのこと)とも評価されて、多く
の人々を魅了してきました。 また、秋篠宮妃殿下・紀子さまの横顔が伎芸天立像に似ているともいわれます。
拝観入り口は「東門」ですが、『正門』は「南門」です。
 同寺の拝観を済ませたあと、みなさんは歩いて「西大寺」を経て、今回の散策のメーンである「平城宮跡」へと向
かいました。
 まず、「西大寺」〔正式名称は、『勝宝山 四王院 西大寺』。 真言律宗の総本山。 天平神護元(765)年に創建
。 南都七大寺の一つに数えられ、東の「東大寺」に対して西の「西大寺」と称される〕では、岡崎副幹事長に用意
いただいた詳細な資料やいつもながら分かりやすい説明に耳を傾けながら、本堂・四王堂・愛染堂などを拝観し
ました。 同寺は、平安時代に兵火などによって一時衰退しましたが鎌倉時代に叡尊によって再興されました。
 通常、寺院は金堂を建立して本尊を祀し、その他の堂宇が造営されるものだそうですが、「西大寺」は最初に「四王堂」が建てられ、金銅四天王像を鋳造して祀られたのが始まりとされています。 現在の「四王堂」は、延宝
2(1674)年に建立され、重要文化財の十一面観音立像と四天王像が安置されています。
 つづいて訪れた「平城宮跡資料館」では二班に別れ、現地ガイドの方の説明を聞きながら、発掘調査で見つか
った土器や木簡をはじめ建物模型、発掘のジオラマ模型、再建された大極殿、高御座、そして日本庭園の原型と
される「東院庭園」の遺構などを見学しました。
 「平城宮跡」は、奈良時代に唐の長安の都に倣ってつくられた日本の都「平城京」の北端に置かれ、天皇の住
まいである内裏と政治・儀式の場である大極殿・朝堂院、役人が執務を行う官衙からなる大内裏跡です。
 「平城京」は、現在では『へいじょうきょう』または「へいぜいきょう」と読みますが、かっては『ならのみやこ』と呼
ばれていました。 碁盤の目のように整然と区画されたスケールの大きいこの都には、10万人以上の人々が暮
らしていたそうです。 そして、当時「建物」のあった場所には、いまはツゲの木が植えられて円柱形にきれいに刈
られています。
 「東院庭園」は、昭和42年(1967)年に『平城京』東張り出し部の南東隅に発見された遺構で、この場所が、「続日本紀」にみえる「東院」〔皇太子の宮殿が置かれる場所〕に当たることから「東院庭園」と名付けられました。
園内には、中央に複雑な形状の池があり、また「曲水の宴」が催された小川も再現されています。
 平城宮の「正門」は『朱雀門』ですが、この日は後のスケジュールの関係で残念ながら遠望したのみでした。「朱雀」とは「鳳凰」を意味しますが、この門は常時開かれていたわけではなく、外国特使の送迎を行ったりする際に
開け、正月に天皇がこの門まで出向いて新年のお祝いをすることもあったそうです。
 最後に訪れたのは、「法華寺」です。こちらも時間の関係で外観のみの拝観となりましたが、同寺は、大和三門
跡に数えられる品格ある『尼寺』〔法華寺門跡〕で、「東大寺」が総国分寺「今光明四天王護国之寺」と呼ばれた
のに対し、総国分尼寺『法華滅罪之寺』と呼ばれました。 もとは真言律宗に属していましたが、平成11(1999)
年、創建当時のように独立した寺に戻ることとなり、同派を離脱・独立して開基の光明皇后に因んで「光明宗」と
称するようになりました。
 ※数名のみなさんはここで別れて、同寺の本堂(重要文化財)をはじめとする堂宇などを拝観されました。
<注>「門跡寺院」・・・皇族や貴族の子女などが住職となる格式の高い寺院の跡。 同寺は、「から風呂」や十一面
観音像・横笛堂、また「犬のお守り」などで有名ですが、ほかにも鐘楼、南門(いずれも重要文化財)、また通称「赤門」と呼ばれる東門、本堂の裏手にある書院造りの「客殿」など、見どころは沢山あります。 「から風呂」は、
重要有形民族文化財で、悲田院〔貧弱者や孤児のための施設〕・施薬院〔現在の病院〕などの福祉施設を創建さ
れた光明皇后が『千人の衆生の垢を自ら流した』という伝説のある「蒸気」による蒸し風呂〔現在のサウナ〕です。
 ※【蛇足】この蒸気による蒸し風呂に入るとき、風呂のすのこの間から上がってくる熱い蒸気が直にお尻に当たって火傷をしないようお尻の下に敷いたのが「風呂敷」の語源とされています。
 「横笛堂」は、平家物語などの滝口入道との悲恋の物語のヒロインとして有名な「横笛」が尼として出家後に住
んだとされる建物です。 また、「お守り犬」は寺伝で「一千座の護摩供養を行ったあとその灰を清浄な山土に混
ぜて光明皇后自らが作られ、病苦や厄除けを願い、結縁の者に授けられた」ものとされる愛らしい犬形のお守り
で、現在も寺伝どおりに尼僧の手作りで受け継がれています。
 こうしてすべての拝観が済んだところで一旦解散したあと、有志のみなさん(18名)は、昨年と同じ岡崎副幹事
長の友人が経営されるフランス料理の店「ムッシュ・ぺぺ」で夕食を兼ねて会食、この日の散策の感想や故郷の
思い出話に花を咲かせるなど和やかに歓談して、楽しい一日を締めくくりました。
 今回の参加者は、9日(日)の下見会の12名と合わせて37名でした。 当日は、ウメ・モモに混じって漸くサクラ
や黄色のサンシュの花が彩りを添える穏やかな春の一日・・・のはずが、あいにく寒の戻りで冷たい風が吹き、時
折霰混じりの小雪が舞うお天気となりましたが、みなさんお元気で、途中一人の脱落者やケガ人などもなく、約1
5,000歩の距離を踏破されました。
 ご参加いただいたみなさん、本当にありがとうございました!!
次回は、11月21日(金)『京都(平城京)散策会』を予定しています。 ぜひまた、多くのみなさんのご参加をお待
ちしていま~す。
                                                            川本 敏正 記

         
  【 散策・拝観の模様 】
参加者全員の集合写真 
秋篠寺へのバスは満員  秋篠寺にて
秋篠寺にて
秋篠寺 苔生す森閑とした木立 秋篠寺東門にて(3月9日下見会) 
秋篠寺南門にて(3月9日下見会)   秋篠寺~西大寺
西大寺金堂前にて 秋篠寺本堂
西大寺にて 西大寺本堂 
平城宮跡資料館にて 岡崎さま説明中 平城宮跡資料館にて
天皇・貴族の暮らしの再現
遺構展示館 天皇・貴族の暮らしの再現 
遺構展示場内部 遺構の説明中
外構壁の復元 大極殿より奈良市内を望む 
大極殿の身舎天井板の蓮の花 高御座
蓮の花の確認中 大極殿壁面の十二支の一つ 
大極殿の欄干の五色玉 大極殿の柱下部の細工
第一次大極殿をバックに  東院庭園
東院庭園にて
 法華寺南大門前にて 法華寺本堂
ムッシュ・ペペにて懇親会  修二会 
 
 みなさん、大変お疲れ様でした!!
 
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